マチュピチュ村に向かう列車のおかげでブラジルに行くことが決まった。

前回のお話:クスコに到着。翌日からツアーでマチュピチュに出発!

南米放浪記〜ペルー・マチュピチュ【1】〜

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この日はクスコからマチュピチュ村に向かう。実はマチュピチュ村を結ぶ鉄道は荷物制限がある。実際には厳密に調べられなかったんだけど、あまりに大きい荷物はのせることができない。なので、宿に大きい荷物を預けて、普段、前にかけているデイバックに2泊3日の荷物を詰めた。

クスコにある宿はどこもマチュピチュ村へ行く鉄道の荷物制限のことは知っているでしょう。なので、クスコで泊まった宿にマチュピチュから帰ってきた時も泊まるのであれば基本的に大きい荷物は預かってくれる。

朝7時くらいだったかな、車のピックアップが来た。どうやら8人乗りのバンで行くらしい。乗客は3人。「これはラッキー!」と思ったのは束の間で、実はただピックアップの順番が一番早かっただけ。結局、いくつか宿を回って12人乗った。荷物と人を無理やり詰め込んだ感じで、疲れた。これで事故ったらどうなるんだろうかと・・・笑

2時間すると、オリャイタイタンボに着いた。駅周辺にはお食事処やお土産屋さんが並んでいたけど、「ここで買う意味あるのか?」と疑問に思ったかな。だって、買うとしたらみんなマチュピチュで買うでしょ?ここで需要があるのは食べ物でしょう。お土産屋さんで何か購入している人は誰一人としていなかった。

駅構内に入るとテレビで見たことのある列車があった。

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僕はこれに乗ってマチュピチュ村に向かう。乗車時間は約1時間半。中は観光客向けに綺麗な内装となっていた。アテンダントの人もいるし。

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座席は全席指定。僕の向かい側はアジア人女性が座っていた。なんとも言えない空気。海外でアジア人同士が遭遇するとお互い目を合わせながらも何も話さない。そんな微妙な空気が流れる。

「この女性は日本人なのかな・・・?」

でも、日本人というような服装ではない。年齢は30歳前後ってところかな。

「香港?韓国?台湾?中国?」

そんなことを思いつつも、列車から降りたらもう会うこともないし、のんびりと外を眺めていたいので、僕は列車の中で話しかけることはなかった。実はこの後、彼女の実家に遊びに行くことになるんだけどね。

マチュピチュ村に到着してからすぐにツアー会社が手配した宿に向かう。僕の部屋は2段ベッドが2つ置かれた4人部屋。

そこに現れたのはスペイン人のダビド。それから列車で僕の前に座っていた女性だった。

「どうも初めまして、さっき僕の前に座っていた人ですね?僕はリョーです。」

「こちらこそ初めまして!アドリアーナです。」

僕はすごく気になっていたので単刀直入に聞いた。

「どこ出身ですか?」

「ブラジルです!私の両親が日本人ですよ!」

僕はてっきり「台湾、韓国、香港、中国」のうちのどれかだと思ってたんだけど、彼女は日系ブラジル人だった。両親が純日本人らしい。

「あっ、そうきたか・・・」

思わず不意をつかれたような感じにしばらく唖然としていた。自分が想定していた答えとはまるで違う答えが回答だと人間は少し混乱するらしい。僕が日本人であることを話すと「ぜひ実家に遊びに来てください!」と言われたので、僕は迷わず彼女の実家があるブラジルのサンパウロに行くことになった。これで、僕はブラジルのビザを取ることが確実となる。ちなみに、アドリアーナは全く日本語が話せない。

その後、ダビドとアドリアーナと僕でマチュピチュ村を散策した。

 

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次回のお話:マチュピチュ村を散策。そして、夜はツアー参加者と飲み会!

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