ブラジル・サンパウロにある沖縄コロニーで日本を感じた僕はつかの間の一時帰国を楽しんでいた。

前回のお話:プエルトイグアスでブラジルビザが取れる?カジノがある?実際に行ってきました。

南米放浪記〜ブラジル・サンパウロ【1】〜

プエルトイグアスでの滞在を終えた僕はブラジル・サンパウロに向かう。というのも、マチュピチュの現地ツアーで知り合ったアドリアーナの実家に行く約束をしていたんだよね。

[参考記事]

 

バスターミナルでサンパウロ行きのチケットを探すと、80ドルとのこと。当時のアルゼンチンはアメリカドルを使える場合が多い。というより、ほぼ全ての場所で使えたんじゃないかな?

そして、バスに乗り、サンパウロに向かった。

 

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バスターミナルから家までの道のり

サンパウロのバスターミナルでアドリアーナと待ち合わせをしていた僕は、そのままアドリアーナの妹が運転する車で彼女たちの実家に向う。

途中、信号で停まると小汚い格好をした男が寄ってきた。その瞬間、運良く信号が青になる。アドリアーナの妹は強めにアクセルを踏んだのか、車はその男を振り切った。アドリアーナは言う。

「This is Brazil!」

こんな感じで僕はブラジルデビューをした。

 

家には監視カメラと鉄格子のシャッター

アドリアーナの実家に着くと、家の設備の違いに気づいた。まず、車は車庫の中。そして、シャッターは鉄格子。その上に南京錠でロックをする。そして、監視カメラも起動していた。

家の中に入ると、ブラウン管のテレビには外の様子が映されている。

「サンパウロの治安は悪いからねぇ・・・」

そう答えてくれたのは、アドリアーナのお母さんだった。

 

アドリアーナの両親は日本人

アドリアーナは日系ブラジル人。そして、両親は日本人。なので日本語が通じる。僕が行った時はお父さんが少し体調を悪くしていてあまり話す機会がなかったんだけど、お母さんとしばらく話をした。

 

日本を離れて約45年

アドリアーナのお母さんがブラジルに移住したのは約45年前。当時20歳。30年前に一回だけ政府主催のイベントで日本に行ったっきりずっと帰国していないらしい。

この時、日本を離れてちょうど1年だった僕からしてみれば、母国に何十年も戻ったことないってどんな感じなのかすごい興味があった。

当時の僕は、初めて海外で年間を通して生活をしてみて、いろいろと大変な目にあったこともあり、心境の変化が多い一年だったなぁと思ってたんだよね。

 

「母国を何十年も離れるってどんな感じなんですか?」

「なんかねぇ〜もう私にとってはブラジルが母国みたいなもんだよね」

 

確かに、あまりにも長すぎるとそうなってしまうのかもしれない。そもそも日本語よりポルトガル語の方が話しやすいみたいだし。

僕自身、これから先死ぬまでにどれだけ日本で過ごす機会があるのかわからない。さすがに45年も戻る機会がないというのはないけどね。

だけど、将来的にアフリカを拠点にしようと思っている僕にとって、お母さんのお話は本当に興味深いものばかりだった。だって、これから先僕自身が同じような境遇になるかもしれないからね。

 

「今は日本語とポルトガル語どっちが話しやすいですか?」

「ずっとポルトガル語を使うからねぇ〜ポルトガル語の方が話しやすいよ。」「日本語を使う機会ってほとんどないからね・・・」

 

そもそも、夫婦の会話ですらポルトガル語を使っていた。後で、アドリアーナに「お母さんの日本語どうだった?」って聞かれたんだけど、ずっと一緒に生活をしていてそんな疑問が出てくるんだから本当に日本語を話す機会がないんだろうね。

そして、アドリアーナには「グットだったよ!」って答えておいた。だって、一応母国語だからね。ただ、実際は「少しぎこちないな」と思ったかな。

でも、仮に45年間でほとんど日本語を使う機会がなかったとしたら、母国語の記憶って本当にすごいなと思う。

僕自身、今では躊躇なく英語で意思疎通を取ることができるけど、これから先45年間も英語を使う機会がなかったら何も話せないんじゃないかな。

 

実家周辺は沖縄コロニー

アドリアーナの実家周辺は沖縄からの移民の人が多く住む地域だった。そして、僕が行った日の夜はちょうど「おきなわ祭り」というイベントが行われるらしい。

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実際にイベントに行ってみると、そこはまさに日本だった。

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まさか日本から遠く離れたブラジルでこんな本格的な祭りをしているとは夢にも思わなかったよね。僕は久しぶりの日本的な雰囲気を楽しんでいたのかな。本格的な祭りの雰囲気に本気でビックリした。

アドリアーナに「日本の祭りってこんな感じなの?」って聞かれたけど、まさにこれが日本の祭りだよ。これは祭りもどきではなく、本物だった。

日本を出国してちょうど1年後、こうしてブラジルにある日本での一時帰国を僕は楽しんだ。

 

 

[オススメ記事]

 

次回のお話:将来が見えないから、今を大事にするようになる。将来が見えると悲観するようになる

 

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