「何で勉強しなきゃいけないの?」勉強のやる気が全く起きなかった10年前の自分に伝えたい10個のこと

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勉強・やる気・必要性

小学生、中学生、高校生にとっては永遠の課題ではないでしょうか?小学校で習う内容は将来的にも必要なことが多いので、もしそんなことを聞かれたら何となく「将来使うから!」と言えば済むかもしれません。

しかし、中学生を超えたあたりからはそうはいきません。「フックの法則」「正弦定理・余弦定理」「フレミングの左手の法則」「微分・積分」などなど・・・

これ、日常で使いますか?

将来教師になる人は別にして、ほとんどの人が使わないでしょう。はっきり言って、中学、高校で身に付ける知識は将来的にほとんど役に立たないと思います。

「何で勉強しなきゃいけないの?」

もし、子供にこう聞かれたらどうしますか?

今回は、「何で勉強しなきゃいけないの?」という問題に対して僕なりの意見を10個の段階に分けてまとめてみました。

その前に、今回の記事を書くきっかけになったことを4つに分けて綴りたいと思います。

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中学、高校、浪人時代

僕は小学校の時に中学受験をして私立の中高一貫校に入学しました。その学校の中でもいわゆる特進クラスに所属していた僕の周りは出来る人達ばかりでした。周りは東大・京大・一橋・国立医学部などエリート街道を歩んでいく中、僕は色々事情があり、そういった道には進まず、北海道にある普通の私立大学に入学しました。

まず、僕がそういったみんなと同じような道に進まなかった理由の一つに「大学に行ってまで勉強する意味が分からなかった」というのが挙げられます。

例えば、どうしても医者になりたいとなれば絶対に医学部に行かなければなりません。先生になりたければ教育学部や教員免許が取れる大学に行く必要があります。

僕は、この時すでに将来的にはアフリカの国立保護区で働きたいなと思っていたので、将来的にはタンザニアにある国立保護区に関する専門学校のような所に入学する計画を密かに立てていました。

しかし、このように息子を私立の中高一貫校に入学させた親の意図は一つで「良い大学に入学させて一流企業で就職してもらう」これで息子を一生安泰にさせたいという思いがあったのだと思います。

勉強する意味が分からないとはいえ、勉強は真面目にしていました。僕はラグビー部に所属していて、実質ラグビー部での活動を担保に取られていた状態でした。勉強が疎かになったら部活を辞めさせられるから勉強していたという感じです。

なので、ラグビー部を引退してから勉強に対するモチベーションというのが自分でもビックリするくらい下がりました。だって、ラグビーのために勉強していたのですから。

結局一年浪人して駿台予備校と呼ばれる大学受験専門塾に通っていたのですが、このときはほとんど勉強に手がつけられない状態でした。授業にはほとんど出す、自習室の机に座って参考書を開いてぼーっと一日15時間。毎日これの繰り返しです。

はっきりいって、この一年は無駄でした。今でもこの浪人時代を死ぬほど後悔しています。この一年を使って海外放浪の旅に出た方が100億倍マシです。弟には目的がないなら絶対に浪人するなと釘を刺しました。

もし、何も目的がなく大学に行かされるという感じの人は絶対に浪人しない方が良いです。進学校に通う人は親に言われるがままに大学に行く人もいるでしょう。ただの時間の無駄です。この世で一番時間を無駄に使う失敗例だと思います。受かった所に行きましょう。もしくは大学に行くのをやめましょう。

 

大学に入学してからのお話

大学というのはあくまでも研究機関であって研究内容のレベルと大学の偏差値は比例しないと思います。東大だから難しいことをやっているだとかそういったことはないと思います。研究に使える予算には差があると思いますけど・・・

僕が通っていた大学。お世辞にも僕から見て頭が良いと思う人間は皆無でした。周りは僕のことを「頭が良い」「賢い」なんてよく言っていましたが、僕自身はそんなこと微塵にも思っていませんでした。理由は簡単で、僕の中高の同期や先輩、後輩に僕より頭が良い、賢い人間なんてたくさんいました。なので、「頭が良い」「賢い」なんて言われても「えっ、俺が賢い?お前が馬鹿なんじゃねぇの?」って思ってました。

この大学も、研究内容なんかは立派なことをやってるし色々と難しいこともやっています。しかし、学生のテストとなるとビックリするくらい簡単なテストばかりでした。ここまでレベルを下げないと誰も単位が取れないんだなぁと。だって、前日にちょっと勉強しただけでA取れますからね。そんなテスト普通はあり得ないでしょう。

そんなテストでも、平気で単位を落とす人がザラにいるわけです。僕から見ると、あり得ないんですよ。何でこんなクソ簡単なテストで単位落とすの?

最後の授業で問題が公開されて、答えは配られたプリントに載っている。それ覚えれば満点近くは確実に取れる。何でそれでも単位を落とす?ありえないだろ?お前馬鹿じゃないの?

学生時代本気でそう思っていました。こんなこと口に出したら友達がいなくなるので言いませんでしたけど・・・

 

僕の中高時代の同期と大学時代の同期の違い

僕は大学在学中に疑問を持つようになりました。「僕の中高時代の同期と大学の同期で決定的に違うのは何だろうか」

まず、僕が在学した中学、高校。毎週のように出されるあり得ない量の課題をこなしていました。結構答えを写したりしたけど・・・

それから、大学に進学することが前提でした。それもトップクラスの大学。それに向けてみんなが切磋琢磨しあって猛勉強していました。

一方、大学の同期を見てみると高校卒業後に就職するか大学に行くか悩んだ上で大学に行くことにしたという人が多数でした。まぁ、僕が入学したのは入学するのにそんなに学力のいらない大学ですからね。進学校のような大学に行くことが当たり前といった環境の人が少なかったというのが僕の印象です。

要約すると「過酷な競争社会の中で猛勉強してきたのが中高時代の同期、勉強で苦労したことがなさそうだなってのが大学時代の同期」が僕の見解です。

 

オーストラリアでのお話

僕はオーストラリアで様々な日本人に遭遇しました。何も出来ないどうしようもない人間から、考えがしっかりした人間まで色々会いました。

やっぱり、しっかりとした人間はいわゆる「勉強してきた人」が多いです。詳細は割愛しますが・・・

なので、「勉強」というのはやはり大事なんだなと。オーストラリアに来てから、中学・高校と猛勉強して来てよかったと思うようになりました。

 

前置きが長くなりましたが、僕が中高時代に勉強してきて今では良かったと思っています。当時はこんなに勉強のキツい学校に入学したことを後悔していましたが・・・

今回は「何で勉強をしないといけないのか」僕が日本を離れて色々と感じたことを踏まえて10個の段階を踏みながら僕なりの解釈をしていきたいと思います。

 

1・学校で習うことは確かに将来使わないことが多い。

中学、高校と主に大学入試での受験科目である「国語」「数学」「理科」「社会」「英語」の5つのジャンルにわけて勉強をします。他にも体育だったり音楽だったりありますが、ここでは割愛します。日本で生活していくだけであればほとんどの一般的な人は大学受験レベルの知識は将来どれも必要ないでしょう。それでも、学校ではこの5つのジャンルについて勉強をさせるわけです。

 

2・学校で行われるテストは、与えられたツールでどれだけ自己解決できたのかを数値で表すイベントである

「中間考査」「期末考査」聞くだけで思い出すテスト週間。普段は宿題以外そこまで勉強しないのに、テスト2週間前あたりから少しずつテスト対策のために自分で勉強を始めます。テストの範囲が発表され、テストで良い点を取るために勉強します。テスト数日前なんかはみんな必死です。

テスト範囲の発表とは「授業で色々教えたけど、そのうちのここからここまでをテストで出すよ!」といったものです。まあ、だいたいは授業をやった範囲全部なんですけど。

当然ですけどテストは参考書やノートの持ち込みは禁止です。たまに電卓可はありますけど。要するに「自力でどこまでやれるか」を計るイベントですよね。「授業で色々とツールを与えたでしょう。あなたはどれだけそのツールを使いこなせますか?」これを具体的な数値で表したのがテストの点数になるわけです。

ツールとは公式や法則。英語であれば単語だったり文法ですよね。そのツールを使いこなすための練習が「勉強」になります。

 

3・大学入試の合格点はその大学で学ぶのに必要な自己解決能力を数値化した時の最低ラインである

学校のテストの延長上にあるものが「大学入試」です。学校のテストはテストごとに範囲が決まっていましたが、大学入試の範囲は「高校までで習った範囲全部」です。そして、高校までで習う範囲はどの学校も同じです。

大学入試では高校までの授業で学校から与えられたツールを全て使いこなす必要があります。

高校までは教育機関ですが、大学は研究機関です。大学では各専門分野において実際に与えられたツールを使い、自分で問題を作り、自己解決する必要があります。これが「論文」です。卒業論文なんかはこれにあたります。

高校ではそういったことに慣れるため、「国語」「数学」「理科」「社会」「英語」といった全国共通のサンプルを利用してツールを使いこなす練習を行います。

そうして、大学入試の際に「うちの大学はこれくらいの自己解決能力がないとやっていけないよ!」と基準値を出します。これが合格最低点です。

中学、高校で習う知識が将来役に立たないと言われる所以はここにあると思います。知識は役に立たないかもしれません。

しかし、「どうやってその知識を身につけたのか」言い換えると「どうやって与えられたツールを使いこなせるようになったか」この過程に関しては大いに役に立ちます。大学が求めているのは高校までで習う知識ではなく、様々な知識を身に付ける能力だと思います。

 

4・学校のテストは答えがあらかじめ一つであると決まっている

中学、高校のテストって基本的に答えは一つですよね?大学入試も基本的に答えは一つの問題がほとんどです。上位の国立大学になると数学の解答も論文のような解答方法になりますけど、それでも結局答えは一つですよね?たまに2つとか3つとかありますけど・・・

これは親切ですよ。だって、最初から答えが一つだと分かっていたら、答えが一つ出たらそれ以上試行錯誤を繰り返して他の答えを探す必要がないんですから。

「学校のテストが出来て何の意味があるの?」なんて昔よく言ってましたが、そんな昔の僕に「答えが一つしかない学校のテストすら出来ない君に何ができるんですか?生きていく上で遭遇する問題の答えは一つではありませんよ?無限にありますよ?それをどうやって解決するんですか?」と答えてあげたいです。

 

5・問題を解決するのに必要なのは「試行錯誤」

中高では与えられたツールを使いこなせるように練習をします。その主な練習方法は「試行錯誤」です。

「これは二回微分をしてまずは変極点をだす。増減表も書いておこう・・・いや、違うな・・・これは帰納法のほうが良いかも・・・んっ?もしやこれは極限の問題か?」

こんな感じで色々と失敗を繰り返しながら正解を導くのです。

「試行錯誤」を繰り返すことによってツールを素早く使いこなせるようになります。だから、テスト勉強ではたくさん問題をこなすのです。それは「試行錯誤力を鍛える」と言っても良いかもしれません。

勉強をしてきた人とそうでない人の決定的な違いはここにあると思います。勉強をしてきた人は何か問題を解決する時に自然と「試行錯誤」をする癖があります。そして、賢い人はその試行錯誤の幅が広いと思います。一方、勉強をしてきていない人は何か問題に遭遇した時にどうして良いか分からず途方に暮れます。もしくは他人に丸投げします。なぜなら、「試行錯誤」をする習慣がないからです。

海外で生活を始めたばかりの人が何をして良いか分からず途方に暮れるというのをよく耳にしますが、この「試行錯誤」をする能力がないのが原因だと思います。理由は賢い人であれば、試しに色々やってみて自分なりの答えを導くからです。

「まずはやってみよう!」こういった行動を起こすためには「試行錯誤」をする能力が必要です。その能力を身に付けるのは学校での勉強です。

 

6・「秀才」とは今まで数多く行ってきた試行錯誤の経験から最短距離で問題を解決する糸口を見つけられる人

学校のテストでいつも上位の人。「秀才」です。彼らはかなりの努力をしています。言い換えると「ものすごい数の試行錯誤を繰り返し、ものすごい数の失敗に遭遇しています。」

「失敗をし尽くしたから、これ以上失敗のしようがないのです。」というのは言い過ぎでしょうか笑

でも、ものすごい数の試行錯誤を繰り返すことにより「これはこうやった方が良いな」なんてのが感覚で分かるようになります。これが「秀才」の領域なのだと思います。

 

7・「天才」とは直感で問題を解決する糸口を見つけられる能力のある人

たまにいますよね。授業中はいつも寝てばっかり。放課後はゲーム三昧。テスト前だろうが関係なし。でも、テストは常に上位。これは「天才」です。彼らはなぜか知らないけど、ツールさえ与えられたらなぜか解決方法が見えてしまいます。こういった人はあまり参考になりません。マネしても馬鹿を見るだけです。生まれながらの「素質、才能」が違います。稀にこういう人がいます。あくまでも参考にということで。

 

8・問題を用意してくれるのは学生まで。卒業後は自分で問題を用意しなければなりません。

中学、高校は学校が問題を用意してくれます。大学では自分で問題を用意することになりますが、ある程度大学がサポートしてくれます。学生を卒業したらどうでしょうか?自分で問題を用意して自分で解決していかなければいけません。

「どうやって生きていくか」

これが学生を卒業した後の主な課題です。ただ、周りに流されて新卒で入社した人は考え直した方が良いと思います。理由はそういった人達は「自分がどうやって生きていこうか真剣に考えたことがない」と思います。「周りが就職したから」「大学卒業したら就職するもんでしょ」その程度のことしか考えていないのであれば、一度自身がどんな人生を送りたいか真剣に考える機会を作った方が良いと思います。それが、学生卒業後に自分で作る最初の問題です。

終身雇用制度の良い点はそうやって「自分がどうやって生きていけばいいか」という事を考えなくても会社に全てを捧げれば一生安泰ということです。

悪い点は「自分がどうやって生きていけば良いか」を真剣に考える機会を失ってしまうという事です。会社で働いていれば安泰ですからね。だから、会社が潰れた時に途方に暮れる人が多いのです。

賢い人は会社が潰れても自身で色々と試行錯誤を繰り返して新しい会社に入社したり、自分でビジネスを始めたりするでしょう。日本で自殺が多いのはそういった試行錯誤をする能力のない人間が終身雇用制度をアテにしているという事も影響しているのではないでしょうか?

だって、ブラック企業だってそんなに残業がキツくて自殺したり過労死するくらいなら辞めれば良いでしょ。再就職が難しい?それなら自分でビジネスを始めれば良いでしょ。「それは無理?」今まで勉強をサボってきた自身を恨みましょう。

 

9・一つの同じ問題に対して「ググれば分かる」という人もいれば 「全く分からず途方に暮れる」人もいる

今の時代、これだけインターネットが発達しているとだいたいの情報はネットで検索すれば出てくるでしょう。それにも関わらず、同じ問題に対して「ググれば分かる」人もいれば「途方に暮れる」人もいるわけです。なぜでしょうか?

途方に暮れる人でもネットで検索出来ることくらいは知ってると思います。でも、ネットで検索しようという発想が出てこないのでしょう。なぜなら、「試行錯誤」をする習慣がないからです。自分の持っている知識で解決出来なかったら、もう「お手上げ」という状態になってしまうのです。

ここではネット検索を例に出しましたが、同じ問題に対してでも「勉強してきた人」はその問題が分からなければ様々な方法を駆使して試行錯誤を繰り返し、解決方法を導きだそうとしますが、「勉強をしてきていない人」は自分の知識の範囲外のことは「解決できない」のです。

 

10・生きていくということは無限の答えが存在する問題を自分なりに解決していく作業のこと

日本では「新卒一括採用」・「終身雇用」という2つの制度が「どうやって生きていくか」という問題を解決させているかのように思わせていますが、海外に出るとしっかりと自分の人生設計を立てている人が多いです。なぜなら、「新卒一括採用」も「終身雇用制度」なんてものもないからです。もし、日本に「新卒一括採用」・「終身雇用制度」が存在しなかったらどうしますか?途方に暮れますか?

現在は「新卒一括採用」・「終身雇用制度」を利用すれば何も勉強してきていないどうしようもない人でも安心して一生を過ごすことが出来るでしょう。それが楽しいかどうかは別にして、もしこの2つの制度がなかったら基本的に「随時採用」「即戦力募集」となるでしょう。そうなったら勉強しない人は生きていけませんよ。

日本人は意志が弱いと言われる所以は文化的なものもあると思いますが、何も考えずとも会社に従っていれば生きていけると思っている人が多いからだと思います。現在はその通りでしょう。だから、激務、ブラック企業で自殺まで追い込まれたり過労死するまで働く人が出てくるのだと思います。

自分の人生について本気で向き合う機会を作った方が良いですよ。そして、どうやって生きていくかという選択肢を増やすためには自分で試行錯誤を繰り返してどれが良くてどれがダメだとかまずはやってみることが大事です。そして、その試行錯誤を効率よく行うためのトレーニングを中学・高校の教育機関で行います。だから、勉強をしないといけないのです。

 

いかがでしたか?これは、僕の学校教育に対する見解です。生きていくということは常に勉強を続けるということでもあります。語学を勉強したり、新しい技術、知識を取得したり・・・

そうやって生きていくために勉強する。そのためのトレーニングを中学、高校などの教育機関で学ぶものだと思っています。

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